掃除機496方式(英語名:HAL496 Systems)による英語などの学習方法を提唱するブログです。英文に関して、解説・対訳などの掲載を中心としています。訳し方は、そのときの状況によるので、直訳っぽいのもあったりします。転載及び2次使用可。(C) no rights reserved / aucun droits réservés / keine Rechte vorbehalten / 著作権全面放棄

4.03.2008

Don't Count Me Out対訳(ちょっと註つき)

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Don't Count Me Out
ぼくを仲間はずれにしないでくれ。
orぼくも仲間に入れてくれよ。

to count O outは「Oを仲間はずれにする」の意味。対義語はto count O inだが、このテキストでは、反対の意味としては、to include OOを含む;Oを入れる)を後ろのほうで使っている。だから、to include Oを訳すにあたっては辞書に載っていなくても、「仲間に入れる」など、to count O inの訳語を使ってもよい。

Challenges are [what make life interesting]; S overcoming them is [what makes life meaningful].
難題とは人生をおもしろくするものである;それら[=難題]を克服することは、人生を有意義なものにすることである。
Webでみつけた訳例:
挑戦することによって、人生を興味深くし、それらの挑戦に打ち勝つことで、人生を意味のあるものにする。
チャレンジは人生を面白くしてくれるものである。それを克服することは、人生を意味あるものにする。
challengesを「挑戦」とすると、克服する対象とはならないので「難題・難問・課題」あたりの訳語を採用する。

Joshua J. Marine
―ジョシュアJ.マリーン―

0.1
What is the longest race {o you’ve ever run}?
みなさんがこれまでに走った最も長いレースは何だろうか?

5 K?
5千メートル走だろうか?

10 K?
1万メートル走だろうか?

A full marathon?
フルマラソンだろうか?

Have you ever tried a triathlon?
みなさんは今までにトライアスロンをやってみたことがあるだろうか?

How about an Ironman race2.4 miles of swimming, 112 miles of bicycling, then running a full marathon, 26.2 miles?
「鉄人」レース――水泳2.4マイル、自転車112マイル、それからフルマラソンすなわち26.2マイル[=42.195km]を走ること――についてはどうであろうか?

0.2
Rick Hoyt has competed in all these races many times.
リック=ホイトは何度もこうしたレースすべてに参加した。

Not so surprising, you say?
そんなに驚くべきことではないと、みなさんは言うだろうか?

Well, Rick Hoyt is severely handicapped.
そうですね、リック=ホイトは深刻なまでに障害を負っている。
→そうですね、リック=ホイトは重い障害を負っている。

He can neither walk nor talk.
彼は歩くこともできなければ話すこともできない。

How does he compete in races?
彼はどのようにしてレースに参加するのであろうか?

Read on aboutTeam Hoyt.”
「チーム=ホイト」について読み続けてください。

1.1
Dick and Rick Hoyt are a father-and-son team from Massachusetts {who together compete almost continuously in marathon races}.
ディック=ホイトとリック=ホイトは、ほぼ継続してマラソンレースに一緒に参加しているマサチューセッツ州出身の父子のチームである。

And if they’re not in a marathon, they are in a triathlon.
しかも、マラソンに参加していないときには、ふたりはトライアスロンに参加している。

They even completed ironman races six times.
ふたりは6度、鉄人レースを完走しさえした。

Together they once trekked 3,735 miles across America in 47 days.
ふたりは連れ立って47日でアメリカを横切って3,735マイルを徒歩で旅したことが(かつて)あった。

It’s a remarkable recordall the more so when you consider [that Rick can’t walk or talk].
それは注目に値する記録である――リックが歩いたり話したりできないということを考慮に入れるならば、なおさらそう[=注目に値する記録]である。

1.2
For the past 25 years or more Dick has pushed and pulled his son across the country and over hundreds of finish lines.
過去25年間、あるいはそれ以上にわたって、ディックは全国のいたるところで、何百もの以上のゴールラインを越えて、息子を押したり引いたりしてきた。

When Dick runs, Rick is in a wheelchair {that Dick is pushing}.
ディックが走るとき、リックはディックが押している車椅子にいる。

When Dick cycles, Rick is in the seat-pod from his wheelchair, {attached to the front of the bike}.
ディックが自転車をこぐとき、リックは車椅子の座席にいるのであるが、座席は自転車の前部にとりつけられている。
podはもともと「(豆などの)鞘(さや)・(蚕などの)繭」を指すものであったようだから、そこから、丸みを帯びた座席のイメージかと考えたが、Googleの画像検索を使ってseat-podを調べたところ、いろいろなものがあり、カウルのついたオートバイの座席の後部を指していたり、ごく普通のベンチのようなものを指していたりもする。the seat-pod from his wheelchairfromは起源・由来を示しており、もともとは車椅子の座席の部分を基に改造したものであるようだ。ただし、このseat-podは、父親のDickがマラソンをするときにRickを乗せて押している車椅子の座席とは違う種類のものであるようだ。このことは、YouTubeTeam Hoytで検索したときに出てくる映像を見ればわかるよ。

When Dick swims, Rick is in a small boat {pulled by Dick}.
ディックが泳ぐとき、リックはディックによって引かれる小さなボートに乗っている。
→ディックが泳ぐとき、リックはディックの引く小さなボートに乗っている。

1.3
At Rick’s birth in 1962, Dick and his wife, Judy, were told [that there was no hope for their child’s development].
1962年のリックの誕生に際して、ディックと妻のジュディは、ふたりの子どもの成長に対する希望はまったくないということを言われた。

It’s been a story of exclusion ever (since he was born),” Dick said.
「彼[=リック]が生まれて以来ずっと、それ[=リックの人生]は排除からなる物語でした」とディックは言った。
→「リックが生まれてからはずっと(他人や社会から)受け入れられませんでした」とディックは言った。

When he was eight months old, the doctors told us [o we should just put him away in an institutionhe’d be in a vegetative state all his life].”
彼が生後8か月のとき、私たちはとにかく彼[=リック]を施設に入れるべきである――彼は一生、植物状態であろうと医師たちは私たちに言ったのです。

1.4
The couple brought their son home, {determined to raise him as normally as possible}.
夫婦は自分たちの息子を自宅に連れて帰ったが、可能なかぎり正常に彼「=息子」を育てようと決心していた。
or夫婦は、可能なかぎり正常に彼「=息子」を育てようと決心した状態で[→決心して]、自分たちの息子を自宅に連れて帰った。

Rick had two younger brothers, and the Hoyts were convinced [o Rick was just as intelligent as they].
リックにはふたりの弟がおり、リックは彼ら[=ふたりの弟]とちょうど同じくらいに知能が高いとホイト夫妻は確信していた。

Dick remembers the local school rejecting his son: “Because he couldn’t talk, they thought [o he wouldn’t be able to understand], but that wasn’t true.”
ディックは地元の学校が自分の息子を不合格にしたことを憶えている:「彼[=息子]は話すことができなかったので、彼[=息子]は理解することができないだろうと彼ら[=地元の学校の関係者]は考えたのですが、しかし、それは正しくはありませんでした」
→ディックは地元の学校が自分の息子を不合格にしたことを忘れないでいる:「息子は話せなかったので、息子は理解することができないだろうと地元の学校は考えたのですが、しかし、それはまちがっていました」

2.1
In 1975, Rick was finally admitted into a public school.
1975年、リックは最終的には公立の学校に入学することを許された。

Two years later, he told his father [o he wanted to participate in a five-mile race].
2年後、5マイル走に参加したいと彼は父親に話した。

Although he was not a runner, Dick agreed to push Rick in his wheelchair.
彼[=リック]はランナーではなかったが、ディックは車椅子に乗ったリックを押すことに同意した。
→ランナーではなかったが、ディックは車椅子に乗せてリックを押すことを請け負った。
→リックは走りはしなかったが、父親のディックはリックを車椅子に乗せて押すことにした。

They finished next to last, but they felt [o they had achieved a triumph].
ふたりは最後から2番目でゴールしたが、しかし、自分たちは勝利を成し遂げたと感じた。

That night,” Dick remembers, “Rick told us [o he just didn’t feel handicapped (when we were competing)].”
「その夜」とディックは憶えている。「自分はとにもかくにも、競争しているときに自分に障害があるとは感じなかったとリックが私たちに言ったんだよ」

Team Hoyt began to compete in more and more events.
チーム=ホイトは、(その後)ますます多くのイベント[=行事]に参加するようになり始めた。

2.2
I didn’t feel like [I am handicapped(when competing).
「(競技に)参加しているときには障害があるとは感じなかった。

I am just like the other athletes, and I think [o most of the athletes feel the same way].
私はまるでほかの選手のようで、しかも、大部分の選手は同じように感じていると思う。

At first nobody would come up to me.
最初、だれも私のところにやって来ようとはしなかった。

However, after a few races some athletes came around and they began to talk to me.
けれども、数レース後に、一部の選手たちがやって来て私に話しかけ始めた。

Now many athletes come up to me before the race to wish me luck.”
今では多くの選手がレース前に私のところにやって来て、私のために幸運を祈ってくれた。

2.3
Team Hoyt encountered lots of resistance at the beginning, but public attitudes seemed to have changed (after they entered the Boston Marathon in 1981 and finished in the top quarter of the field).
チーム=ホイトは最初、多くの抵抗に遭遇したが、しかし、ふたりが1981年のボストン=マラソンに出場し、出場選手全体で上から4分の1で(レースを)終えてから、一般の人たちの態度が変化したようだった。

3.1
In 1985, Team Hoyt attempted their first triathlonand for this Dick had to learn to swim at the age of 45.
1985年、チーム=ホイトは(彼らにとっての)最初のトライアスロンを試みた――しかも、このために、ディクは45歳で泳ぎ方を習わなければならなかった。

I remember being scared and sinking like a stone at first,” Dick recalled with a laugh, “and I hadn’t been on a bike (since I was six years old).”
「最初は、怖くて、石のように沈んだことを憶えているよ」とディックは笑いながら思い出していた。「それに私は6歳のときから自転車は乗っていなかったんだ」

With a newly-built bike, {adapted to carry Rick in front}, and a boat {tied to Dick’s waist as he swam}, the Hoyts came in second to last in the competition.
新たに組み立てた自転車、それは前部にリックを乗せて運ぶように改造されているのだが、その自転車と、泳ぐときにディックの腰に結びつけられているボートとを使って、ホイト父子はレースで最後から2番目にゴールした。

3.2
They have been competing for almost thirty years now.
ふたりは今、ほぼ30年間に亙(わた)って、レースに参加している。

As of June 2005, they have finished 206 triathlons and 64 full marathons.
20056月の時点で、ふたりは206のトライアスロンと64のマラソン大会を完走している。

Their personal bests are unbelievable: 2:40:47 in a marathon and 35:48 in a 10 K.
ふたりの個人記録は信じられないものである。すなわち、マラソンで2時間4047秒であり、10000m走で3548秒である。

Rick is the one {who inspires and motivates me}, o the way {he just loves sports and competing},” Dick said.
「リックは私に霊感を与え、動機づけを行なう存在なのです[→私に活力を与え、やる気を出させる存在なのです]、それも彼がとにかくスポーツと競争とが大好きだというやり方で」とディックは言った。

4.1
Now the Hoyts can see an impact from their efforts on public attitudes toward the physically and mentally handicapped.
今、ホイト父子は、肉体的にも知的にも障害のある人々に対する一般大衆の態度に対しての、自分たちの努力からの影響力を見てとることができている。
→今、ホイト父子は、肉体的にも知的にも障害のある人々に対して一般の人々がどのように接するのかに対しての、自分たちの努力によるどのような影響を与えているのかがわかっている。

That’s the big thing,” said Dick.
「これは大きなことです」とディックは言った。

People just need to be educated.”
「人々はとにもかくにも教育を受ける必要があるのです」

Rick is helping many other families cope with disabilities in their struggle to be included.
「リックは、(社会に)含まれるための奮闘において、ほかの多くの家族が障害に立ち向かうのを助けている。
→「リックは、障害児が社会の一員として受けられるようにと奮闘しているほかの多くの家族が障害にうまく対処するのを手助けしている。
to help O do …: Oが…するのを助ける
to be includedtheir struggleを修飾する不定詞の形容詞用法。「含まれるための…」

4.2
Rick’s own accomplishments, quite apart from athletic success, have included his moving on from high school to Boston University, {where he graduated in 1993 with a degree in special education}.
リック自身の業績は、運動競技の成功とはまったく別だが、高校からボストン大学へと進学したことを含んでいるのだが、そこを[=ボストン大学を]特殊教育(の分野)における学位とともに1993年に卒業した。
→リック自身が成し遂げたことには、運動選手としての成功とはまったく別のものだが、高校につづいてボストン大学に進学したことが含まれるのであるが、彼は1993年に特殊教育の学位を取得し、ボストン大学を卒業した。

Rick now works at Boston College’s computer laboratory.
リックは今、ボストン=カレッジのコンピュータ研究所で働いている[=コンピュータ研究所に勤務している]。

He helps to develop machines, like a powered wheelchair, {which can be controlled by a paralyzed person’s eye movements}.
彼は、動力つきの車椅子のような機械を開発するのを手伝っているのであるが、その動力つきの車椅子は麻痺した人の目の動きによって制御されることが可能である。
→彼は、動力つきの車椅子のような機械を開発するのを手伝っており、その動力つき車椅子は麻痺した人の目の動きで制御する[orコントロールする]ことができるものである。

4.3
Rick is confident (that his visibilityand his father’s dedicationcan help make the world a more tolerant place).
自分の知名度――それに父の献身ぶり――は世界をもっと寛容な場所にするのに役に立つことができるとリックは自信を持っている。

4.4
Rick typed, “The message of Team Hoyt is [that everybody should be included in everyday life].”
「チーム=ホイトのメッセージは、だれもが日常生活において含まれるべきであるということである」とリックは入力した。
→「チーム=ホイトのメッセージは、だれもが日常生活で仲間になれるべきであるということである」とリックは入力した。
to typeには「…とキーボードで打つ・タイプライターで打つ・タイプする・…と打ち込む」などの訳語がある。英語版のWikipediaTeam Hoytの項によれば、顔(頭)の動きで入力できるコンピュータを使っているので、「入力した」と訳すとよいだろう。なお、Rickは脳性麻痺で生まれつき肢体不随(したいふずい)なのだから、「打ち込む」などの作業はできない。また、「タイプする」だと、「タイプライターで打ち込む」の意味だから、不適。






7 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

Don’t Count Me Outの1文ごとの語順整序をできれば大至急お願いします
お手数をおかけしてすみません

掃除機庵主人 さんのコメント...

匿名(2010/02/27)さんへ

2008年4月3日のところに、「Don't Count Me Out (一文ごとの語順整序)」を載せておきました。

匿名 さんのコメント...

とってもわかりやすいです!☆
いつも役立たせていただいてます。

匿名 さんのコメント...

はじめまして^^
テスト勉強で使わせてもらいました!!

訳とか訳しかたとか分かりやすくて頭にすらすら
入ってきましたヲヲ

おかげで今日の英語のテストできた気がします^^
ありがとうございました(^o^)v

匿名 さんのコメント...

今回初めて見させていたたきました!    とってもわかりやすくなおかつ、宿題がスムーズに行うことができました!                                                  Thank you very much!  I hope to use again. See you next time テヘ

Unknown さんのコメント...

4.3 ・・・自信をもっている。だと思います。
いつも利用させてもらっています。ありがとうございます

掃除機庵主人 さんのコメント...

佐藤光希さんへ
ご指摘、ありがとうございます。
訂正しておきました。

自分の写真
和歌山県, Japan
早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業、「優」が8割以上で、全体の3分の2以上がA+という驚異的な成績でした。大叔父は競争率180倍の陸軍飛行学校第1期生で、主席合格・主席卒業にして、陸軍大臣賞を受賞している。いわゆる銀時計組であり、「キ61(三式戦闘機飛燕)の神様」と呼ばれた男である。苗字と家紋は紀州の殿様から授かったものである。

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