掃除機496方式(英語名:HAL496 Systems)による英語などの学習方法を提唱するブログです。英文に関して、解説・対訳などの掲載を中心としています。訳し方は、そのときの状況によるので、直訳っぽいのもあったりします。転載及び2次使用可。(C) no rights reserved / aucun droits réservés / keine Rechte vorbehalten / 著作権全面放棄

4.11.2008

Crossing the Border ―Médecins sans Frontières―(対訳)

Crossing the Border Médecins sans Frontières
国境を越えて――国境なき医師団――
Our true nationality is mankind.
われわれの真なる国籍は人類である。
H.G. Wells
H.G.ウェルズ
0.
Dr. Kanto Tomoko joined MSF in 1994.
女医貫戸朋子は1994年にMSF[=国境なき医師団]に加わった。
She was the first Japanese {to work in the field with this international volunteer group}.
彼女はこの国際的なボランティア団体[=国境なき医師団]とともに現場で取り組んだ最初の日本人であった。
She gives a speech to a group of high school students about her experience.
彼女は自分の経験について高校生の集まりに対してスピーチを行なう。
1.1
After I had worked for about eight years as a doctor in Japan, I went to Switzerland for further study at the University of Geneva.
日本で医師として約8年間働いた後、私はジュネーブ大学でさらに研究をするためにスイスに赴きました。
It was there that I joined Médecins sans Frontières (MSF), known in English asDoctors Without Borders.”
1)まさにそこ[=スイス]で私は国境なき医師団(MSF)に加わったのですが、それは英語では「ドクターズ・ウイッズアウト・ボーダーズ(Doctors Without Borders)」として知られています。
2)私が国境なき医師団(MSF)に加わったのはそこであり、それは英語では「ドクターズ・ウイッズアウト・ボーダーズ(Doctors Without Borders)」として知られています。
MSF is a volunteer group of doctors and nurses {helping people all over the world {who are sick or injured as a result of 1war and 2disaster}}.
MSF[=国境なき医師団]は、戦争や災害の結果、病気になったりケガをしたりしている世界中の人々を介護する医師と看護婦のボランティア団体です。
It is a non-governmental organization (NGO) {supported mainly by ordinary people}.
それ[=国境なき医師団]は主に普通の人々によって支援されている非政府組織(NGO)です。
MSF was established in France in 1971 and since then it has been giving medical help to such people, no matter what 1their race, 2religion, or 3politics is.
MSF[=国境なき医師団]は1971年にフランスで設立され、それ以来(ずっと)、人種や宗教や、あるいは政治上の信念がなんであれ、そのような人々に医療援助を与え(続け)ています。
1.2
Before joining MSF I had been thinking for a long time about [how I might be of some help to others as a doctor.
MSF[=国境なき医師団]に加わる前、医師として他人にどのくらい役に立っているのかについて、私は長い間ずっと考えていました。
I wanted to see different cultures and things {which I could never come across in Japan}.
日本では決して出会うことがないさまざまな文化やものごとを見たいと私は思っていました。
I had read about MSF in newspapers and also I had friends {who had donated money to MSF}.
私は新聞でMSF[=国境なき医師団]について(の記事を)読んだことがありましたし、また、MSFにお金を寄付したことのある友人が私にはいました。
So I sent a letter to an MSF office in Paris {saying [that I wished to join the organization]}.
それで、パリにあるMSFの事務局へ、その組織に加わりたいと思っていると書いた手紙を私は送りました。
They said yes and I was sent to the Madhu refugee camp in Sri Lanka, where fighting was going on.
彼らは受諾してくれ、そして私はスリランカにあるマードゥ難民キャンプに派遣されましたが、そこ「=スリランカ」では戦闘が続いていました。
2.1
At Madhu there were 28,000 refugees, and yet there was only one small hospital, {where we had only 1two nurses, 2two Tamil doctors, 3interpreters and 4health workers}.
マードゥでは28千人の難民がいましたが、それなのに、たったのひとつの小さな病院しかなく、そこ[=病院]にはわずかに2人の看護師と2人のタミル人の医師と、通訳と保健指導員[=ヘルスワーカー]しかいなかったのです。
We had only the simplest medical equipment to work with.
私たちには仕事をするためのごく単純な医療器具しかありませんでした。
There were times {when we felt sad because we had to treat so many people with old equipment}.
私たちは旧式の器具でとても多くの人々を治療しなければならなかったので、悲しいと感じるときもありました。
2.2
We started at 9 a.m. and treated about 150 people each day.
私たちは午前9時に仕事を始め、毎日およそ150人の人々を治療しました。
They spoke Tamil.
彼らはタミル語を話しました。
We asked OIthem ODsimple questions and decided [what to do].
私たちは彼らに簡単な質問をし、何をするべきかを決めました。
In the afternoon, we treated people in our eight beds, usually pregnant women and babies.
午後、私たちは8つのベッドにいる人々――たいていは妊婦と赤ん坊でした――を治療しました。
Sometimes we went to a small camp eight kilometers away from Madhu.
ときおり、私たちはマードゥから8キロメートル離れた小さなキャンプに赴きました。
We worked from morning till night.
私たちは朝から夜まで働きました。
2.3
1Malaria, 2asthma, 3pneumonia these diseases were the most common.
マラリヤ・喘息・肺炎――これらの病気が最もありふれたものでした。
One of the main causes of disease was poor food and water.
疾病の主たる原因のひとつは粗末な食事と水でした。
When the rainy season came in October, diarrhea increased and we lost some of our children.
雨季が10月に到来すると、下痢が増え、私たちは自分たちの(診ている)子どもたちのうちの何人かを失いました。
We treated everyone {who came to us}, even soldiers {carrying weapons}, but only after they put their weapons away.
私たちは、私たちのもとにやって来たものであればだれでも治療しますし、たとえ武器を携帯している兵士であっても治療しますが、しかし、彼ら[=兵士たち]が武器を外した後に限ってのことですが。
2.4
We were told [we would be safe].
安全だろうと私たちは言われました。
However, there were times {when we were ordered not to go out at night}.
しかしながら、夜間、外出しないようにと命ぜられたときがありました。
We listened to the radio to find out [whether it was safe Sto go outside or not].
外出するのが安全かどうかを確認するために私たちはラジオに耳を傾けました。
3.1
SThe most difficult thing about our work at Madhu was Cto make decisions.
マードゥでの私たちの任務に関して最も困難なことは決断することでした。
We had to think about the local situation, because Slooking at the situation through Western or Japanese eyes could lead us to make wrong decisions.
私たちは地元の状況について考えなければなりません。なぜなら、西洋的あるいは日本的な視点で状況を考察すると、私たちは誤った決断をしかねないからです。
直訳:私たちは地元の状況について考えなければなりません。なぜなら、西洋の、あるいは日本の目で状況を見ることは、私たちが誤った決断をするようにと導きかねないからです。
Since our medicines as well as our medical equipment were very limited, we had to 1look at each situation as it happened and 2choose the best thing to do.
私たちの医療器具と同様に私たちの医薬品もまたきわめて限定されていたので、私たちは(ある状況が)生じるごとにそれぞれの状況を眺め[=考察し]、なすべき最もよいこと[=最善の行為]を選び取らねばなりませんでした。
3.2
I clearly remember the day {when a woman brought her five-year-old boy to our hospital}.
ある婦人が自分の5歳の少年[=5歳の息子]を私たちの病院に連れてきた日のことを私ははっきりと憶えています。
I saw immediately [that he was beyond help].
直訳:彼は救助の範囲を越えているだということが即座に私には見て取れました。
彼が手遅れだということが私には即座にわかりました。
We gave OIhim ODoxygen, but he was pale, his breathing was difficult, and the oxygen mask made him uncomfortable.
直訳:私たちは彼に酸素を与えましたが、しかし、彼は青ざめており、呼吸は困難で、しかも酸素マスクは彼を苦しませました。
私たちは彼に酸素を与えましたが、しかし、彼は顔色が悪く、呼吸は苦しそうで、酸素マスクのせいで苦しそうでした。
He was not improving.
彼は(病状が)回復していませんでした。
We were using our last tank of oxygen.
私たちは最後の酸素ボンベを使っていました。
We didn’t know [when the next tank was coming].
次の(酸素)ボンベがいる届く予定であるのか私たちにはわかりませんでした。
If another person {needing oxygen} arrived, maybe this tank could save his or her life.
もしも酸素を必要とするほかの人[=患者]が到着したら、たぶん、このボンベは彼または彼女の生命を救うことができるでしょう。
I made my decision, and made a sign to the nurse {who was working with me} to turn off the oxygen.
私は決断を下し、そして私と一緒に勤務している看護師に酸素の栓を止めるように合図しました。
The nurse simply couldn’t do so.
看護婦はそうすることはとてもできないのでした。
I waited five seconds and turned it off myself.
私は5秒間待って、自分でそれの栓を止めました。
I did it because I thought Oit Cthe best O’to leave the child in the hands of God.
その子どもを神の手に委ねるのが最善であると考えたので、私はそうしたのです。
Was that the right decision?
それは正しい決断だったのでしょうか?
I still don’t know.
今でも私にはわかりません。
4.1
My six months in Madhu passed quickly, but they were very important to me as they gave true meaning to my 1life and 2work.
マードゥでの6か月はすぐに経ちましたが、しかし、それら[=その6か月]は私の人生と仕事に本当の意味を与えたので、それら[=その6か月]は私にとってたいへん重要でした。
4.2
The work of NGOs like MSF is helping to solve many of the world’s problems, but there is so much more to do.
MSF(国境なき医師団)のようなNGO(非政府組織)の仕事は世界の多くの問題を解決するのに役に立ちますが、しかし、ずっと多くのなすべきことがあります。
It is my hope [that many more Japanese will 1volunteer for such work, 2go and 2’see the real world, and 3begin to have a sense of compassion for people {who need help}].
ずっと多くの日本人がそういう仕事に進んで志願し、本当の世界を見に行き、援助を必要とする人々に対して同情心を抱き始める[=抱くようになる]ことが、私の希望です。
Such volunteers will find [that they get as much as they give].
そのようなボランティアは、自分たちが与えるのを同じくらい自分たちが得られるということに気がつくでしょう。
In my own case, the experience not only gave direction to my life but also gave OIme ODan opportunity to think about [what it is to live as a human being.
私自身の場合、その経験は私の人生を方向づけてくれただけでなく、人間として生きることはどういうことであるのかについて考える機会を私に齎(もたら)しました。
4.3
I plan to join MSF again and continue working with them until MSF is no longer necessary.
私は再びMSF[=国境なき医師団]に加わり、MSFがもはや必要でなくなるまで彼ら[=国境なき医師団]とともに取り組み続けるつもりです。
There are still countless 1sick and 2injured people all over the world.
世界中に数え切れない病気の人や傷ついた人が今でもいます。
SCrossing the border Vtakes Oa lot of courage, but I would like you to follow your own idea of [what is right].
国境を越えることには多大なる勇気が要りますが、しかし、何が正しいのかということについてのあなた自身の考えに、私はあなたがたに従ってほしいと思います。
You might 1find yourself in the minority, but 2have confidence in yourself and 3have the courage to put your beliefs into action.
あなたがたは自分自身が少数派であるということに気がつくかもしれませんが、しかし、自分自身を信頼し、自分の信念を行動に移す勇気を持ってください。



0 件のコメント:

自分の写真

和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

フォロワー