掃除機496方式(英語名:HAL496 Systems)による英語などの学習方法を提唱するブログです。英文に関して、解説・対訳などの掲載を中心としています。訳し方は、そのときの状況によるので、直訳っぽいのもあったりします。転載及び2次使用可。(C) no rights reserved / aucun droits réservés / keine Rechte vorbehalten / 著作権全面放棄

10.03.2012

Free the Children 対訳



Free the Children
子どもたちを解放せよ
1.1
One morning in April 1995sat down at the breakfast table as usual to read the comics in the newspaper.
1995年の4月のある朝、ぼくは新聞の漫画を読もうといつものように朝食のテーブルに腰かけた。
But didn't make it past the front page.
けれども、最初のページを飛ばさなかった。
One big headline caught my eye: "Child LaborerBoy12, Murdered."
大見出しがぼくの目を捕らえた。「児童労働者、男の子、12歳、殺害」
It was a shock.
それは衝撃的なできごとだった。
Twelveabout the same age {as was}.
12歳、ぼくと同じくらいの年齢だった。
could hardly believe the story.
ぼくにはその話がほとんど信じられなかった。
1.2
April 19, 1995
1995年4月19日
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ISLAMABAD, Pakistan (AP)―From to 12 years oldIqbal Masih was forced to work at a carpet factory.
イスラマバード、パキスタン(AP)――4歳から12歳までイクバル=マシは絨緞(じゅうたん)工場で働くことを強いられていた[=強制的に労働させられていた]。
(After he was free,) he started a worldwide campaign against child labor.
解放された後、彼は児童労働に反対する世界的な規模の運動を始めた。
On Sundayhe was shot dead.
日曜日、彼は銃撃され、死んだ。
Some people believe [o he was murdered by someone {who had warned him to stop his activities}].
彼に活動をやめるように警告した人物によって彼は殺害されたと一部の人々は考えている。
1.3
After school went to the public library to study the problem of child labor.
放課後、ぼくは児童労働の問題を詳しく調べるために公立図書館に足を運んだ。
found a few newspaper articles {reporting the problem}.
その問題を報じている新聞記事をいくつか、ぼくは見つけた。
One was about children {{younger than me} working hard in coal mines}.
ひとつは、ぼくよりも幼く、炭鉱で重労働に従事している子どもたちについてのもの[=記事]だった。
Another mentioned children {injured or killed by explosions at fireworks factories}.
もうひとつ(の記事)は、花火工場での爆発で傷ついたり[←傷つけられたり]、殺されたりした子どもたちについて報じていた。
Why was nothing being done to stop such terrible things?
なぜ、そのような酷いことをとめるために、何もおこなわれていなかったのであろうか?
(As walked home through my middle-class neighborhood,) my thoughts were on the other side of the world.
中流階級の人々が住む近所を通り、自宅に歩いて向かうとき、ぼくの思考は世界の反対側にあった。
And my own world seemed a little darker.
そして、自分が所属する世界は少しばかり暗くみえた。
came home feeling down.
ぼくは、気が滅入った状態で帰宅した。
2.1
A few days later(in order to inform people about child laborers) formed a group with some of my classmates.
数日後、児童労働者について人々に知らせるために、ぼくは同級生のうちの数人とともにある団体を作った。
We named Oour group C"Free the Children."
ぼくたちは自分たちの団体を「児童解放運動」と名づけた。
In a few monthsour group had built a solid foundation.
数か月後には、ぼくたちの団体は強固な基礎を築いていた。
We had a namea clear goaland an office (a small room in my house).
ぼくたちには、名称と明確な目標と事務所(自宅にある小さな部屋)があった。
We drew up a letter {which told about Free the Children}.
ぼくたちは、「児童解放運動」について述べた書簡を作成した。
With our principal's helpwe sent a copy to the schools in our area.
校長の助力によって、ぼくたちは自分たちの地区にある学校に、1通ずつ送った。
2.2
In late May we received a request to speak to a World Studies class at one high school.
5月下旬、ある高等学校でワールド=スタディーズの授業の生徒たちに向かって話をするようにとの依頼をぼくたちは受け取った。
We found the classroom filled with students from many different ethnic backgrounds.
教室が多くのさまざまな民族的背景の生徒たちで一杯であることにぼくたちは気づいた。
→教室は、多くのさまざまな民族的背景の生徒たちで満員だった。
It looked like a mini-United Nations.
それは小さな国際連合のようであった。
The members of our group took turns speaking.
ぼくたちの団体の会員が順番に話した。
2.3
"There are more than 250 million children {working} in the world," told the students.
「世界では労働に従事する児童が2億5千万人以上います」とぼくは生徒たちに話した。
"That's about the population of the United States."
「これはアメリカ合衆国の人口くらいです」
By the end of the presentationwe found the students just as shocked as we had been (when we first heard about child labor).
発表の最後までに[→発表が終わるまでに]、児童労働の話を初めて耳にしたときにぼくたちが衝撃を受けたのとちょうど同じくらいに、生徒たちが衝撃を受けているということにぼくたちは気づいた。
3.1
(When we finished,) we asked for questions.
(発表を)終了してから、ぼくたちは質問を求めた。
One student said, "(If you stop child labor in some countries,) the whole economy may fall and many people will lose their jobs."
ある生徒が言った。「もし、一部の国で児童労働をやめさせた場合、経済全体が落ち込み、多くの人が職を失うだろう」
Another student asked, "How can the rich people in the developed countries tell OIthe poor people in developing countries OD[how to raise their children]?
別の生徒がつぎのように訊ねた。「先進国の富裕層は発展途上国の貧困層に、子どもの育て方を、どのように教えることができるのでしょうか?
What happens to those children (after they are freed from child labor)?"
彼ら[=こうした子どもたち]が児童労働から解放された後、こうした子どもたちに何が起こるのだろうか?」
Often we had to say [that we didn't have an answer].
往々にして、ぼくたちには答えがありませんと言わなければならなかった。
3.2
wrote down every question {that we couldn't answer}.
ぼくは答えることができなかった質問をすべて書き留めた。
We read a lot of material on child labor in a university library with the help of one of my older friends.
年長の友人のひとりの助力によって、大学図書館で児童労働についての多くの資料を読んだ。
Day by daythe answers began to build up.
日に日に、答えが増え始めた。
put together a three-page letter to the class {o we had spoken to}.
ぼくたちが話したクラスへの3ページの手紙に、ぼくは(答えを)まとめた。
It began: "Thank you very much for your challenging questions.
それはつぎのように始まった。「みなさんによるやりがいのある質問に対して、たいへん感謝します。
We have kept doing research on the problems {o you raised} and have found some answers.
私たちはみなさんが提示した問題についての調査をし続け、いくつかの答えを見つけました。
(If you have more questions) we will be more than happy to respond to them."
みなさんにさらに質問がおありの場合、私たちは本当に喜んでそれら[=新たな質問]にお答えする所存でございます。
We learned [that knowledge was our key].
知識が自分たちにとっての鍵であるということをぼくたちは学んだ。
4.1
In December that year left on a 7-week trip to visit BangladeshThailandIndiaNepaland Pakistan.
その年の12月、バングラディッシュとタイとインドとネパールとパキスタンとを訪問する7週間の旅行に出発した。
During the trip talked with a lot of working children.
その旅行の間、ぼくは多くの働く子どもたちと話した。
met Iqbal's mothertoo.
ぼくはまた、イクバルの母親とも面会した。
also took part in 1a demonstration against child labor and 2a raid on a carpet factory to free the children {held there}.
ぼくはまた、児童労働に反対するデモと、そこ[=絨緞(じゅうたん)工場]で拘束されている子どもたちを解放するための絨緞工場への家宅捜査とに、参加した。
4.2
(While was staying in Kolkata,) met Mother Teresa.
コルカタ[旧カルカッタ]に滞在しているときに、ぼくはマザー=テレサに面会した。
It was another unforgettable part of the trip.
それは、その旅行のもうひとつの忘れられない部分であった。
(Although Mother Teresa was very tired (she was 86 years old then),) she gave me a chance to talk with her.
マザー=テレサはたいそう疲れていたけれども(そのとき86歳だった)、彼女はぼくに彼女と話をする機会を与えてくれた。
4.3
"We have come to learn about 1the children's lives and 2[how we might help them]," said.
「私たちは、子どもたちの生活と、私たちはどのようにして彼らに手助けをするのかを知るために来ました」とぼくは言った。
4.4
"That is good," she said.
「それはよいことですね」と彼女は言った。
"The poor will teach you many things."
「貧しき人々はあなたがたに多くのことを教えるでしょう」
4.5
She took my hands in hers and looked into my eyes.
彼女はぼくの手をとり、ぼくの目を見つめた。
We talked for a moment about my trip to Asia.
ぼくたちはアジアへのぼくの旅行[=ぼくのアジア旅行]について暫(しばら)くの間、話した。
(As she left the room,) she said to me, "May God help and protect you in your work.
部屋をあとにするとき、彼女はぼくに言った。「汝の取り組みにおいて神が汝を助け、護(まも)りますように。
We will remember the world's laboring children in onr prayers."
私たちは、お祈りのことばの中に世界の働く子どもたちを入れることを忘れはしません」
felt myself encouraged.
ぼく自身が勇気づけられたとぼくは感じた。
5.1
The trip to South Asia changed me forever.
南アジアへの旅行はぼくを永遠に変えた。
The poverty was worse than had imagined.
貧困はぼくが想像したものよりもひどかった。
will not forget the memories of suffering children in South Asiathe face of the young girl {who was separating used syringes}the eyes of the boy in a brick factory {who told me [o he was working to pay off a loan {taken out by his grandfather}].
ぼくは南アジアの虐げられている子どもたちの記憶を忘れることはないだろう。使用済みの注射器を分解していた幼い少女の顔、祖父によって借りられた[→祖父が借りた]貸付金を支払うために働いているとぼくに語った、煉瓦(れんが)工場の少年の目。
5.2
We sometimes found ourselves overwhelmed by the extreme poverty.
極端な貧困によって自分たちが圧倒されたことに、ぼくたちはときおり気づいた。
But we must not turn our eyes away from the fact [that there are millions of children {forced to work in violent and dangerous conditions}].
しかし、暴力的で危険な状態で強制的に働かされている何百万もの子どもたちがいるという事実からぼくたちは目を背けてはならない。
will spread the word about the suffering of all the children {o met}.
ぼくは、自分が会った子どもたち全員の苦しみについてのことばを広めるつもりだ。
As citizens of the worldwe are all responsible for one another.
世界の市民として、ぼくたちにはみな、互いに対する責任がある。
have continued to hear the call to action (since first read about Iqbal).
イクバルについて(の記事を)初めて読んで以来、行動への召命に耳を傾け続けている。
The call has pushed me forward.
その召命はぼくを前へと押し出してくれる[→前進させてくれる]。
believe [# this is the same call to action {that moves people to fight for human rights around the world}].
これは、世界のあちこちで基本的人権のために戦うようにと人々を動かす同じ行動への召命であると、ぼくは思う。
5.3
The change starts within each one of us and will not end (until all children are free to be children).
変化はぼくたちのうちのそれぞれの中で始まり、すべての子どもたちが自由に子どもらしくなれるまで終わることはないだろう。

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和歌山県橋本市出身。世界文化遺産である高野山の麓です。
和歌山県立橋本高等学校を経て、早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。
B型Rh+。天秤座。家紋は「丸に九枚笹」。
大叔父(おおおじ)は精鋭集団である帝国陸軍航空審査部所属で、「キ61(きろくいち)の神様」と呼ばれた坂井雅夫少尉。キ61は三式戦闘機「飛燕(ひえん)」のことである。

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