1.1
Make every obstacle an opportunity, make every negative a positive―My mother raised me with this rule, and this is [how I lived].
「すべての障害を絶好の機会にしなさい、すべての否定的なものを肯定的なものにしなさい」――母はこの規則[→方針]で私を育て、そして、これこそが、私がどのように生きたかである。
1.2
In a small town in Texas {where I grew up |}, you were nobody (unless you played football).
私が育ったテキサス州の小さな町では、アメリカン=フットボールをしなければ、取るに足りない人にすぐなかった。
I tried to be a football player, but I was no good.
私はアメリカン=フットボールの選手になろうとしたが、しかし、まったく駄目だった。
So I wanted to find something else.
だから、私はほかのなにかを見つけたいと思った。
1.3
(When I was a boy,) I did not get along with my stepfather, {which frustrated me}.
少年だったとき、私は継父(ちち)とは折り合いがつかなかったのだが、そのことは私に欲求不満を募(つの)らせた。
But something happened {that gave me a chance to get over this problem}: I came across my first bike.
しかし、この問題を克服する機会を私に与えたことが起こった:私は1台目の自転車に偶然出会ったのだ。
I was attracted to it and thought, "(If I ride the bike on this road long enough,) it will take me somewhere {better than here}."
私はそれに魅了され、こう考えた、「もしもこの道路で充分に長くその自転車に跨(また)がれば、そのことは私をここよりもよいどこかに連れていくだろう」と。
→私はそれに魅了され、こう考えた、「もしもこの道路でずっとその自転車に跨(また)がっていれば、ここよりもよいどこかに行けるだろう」と。
1.4
(Rain or shine,) I kept on pedaling the bike.
雨だろうが、晴れだろうが、私は自転車を漕(こ)ぎ続けた。
(When I was 13,) I won a triathlon for young cyclists.
13歳のとき、私は若き自転車乗りが対象のトライアスロンで優勝した。
Not long after that, I won another one.
その後、ほどなくして、私は別のトライアスロンで優勝した。
I liked the feeling of being a top junior cyclist in the United States.
アメリカ合衆国でトップの若手自転車乗りであるという感覚を、私は気に入っていた。
This was [how I started my life with the bike].
このことが、いかにして私が自転車と一緒の人生を始めたかということである。
→こんなふうにして、私は自転車とともに歩む人生を開始したのである。
2.1
In 1990, (when I was 18,) I made my international debut as a cyclist in a race in Utsunomiya, Japan.
1990年、18歳のとき、私は日本の宇都宮市のレースで自転車乗りとして海外デビューを果たした。
I was a tough rider but wasn't good at tactics.
私は強靭(きょうじん)な自転車乗りであったが、戦術は得意ではなかった。
I needed to use my energy more effectively (so that I would not be exhausted by the middle of the race).
レースの中盤までに疲れ果てないように、自分のエネルギーを一層効果的に使うことを私は必要としていた。
(Although I did my best,) I finished in 11th place.
最善を尽くしたけれども、私は11位で(レースを)終えた。
2.2
In 1993 I won the world championship {held in Oslo}.
1993年、私はオスロで開催された世界選手権で優勝した。
My racing skills had become better but still needed improvement.
私のレースのための技術はよりよくなっていたが、しかし、まだ、向上を必要としていた。
2.3
It was in 1995 (that I first competed in the Tour de France).
私がツール=ド=フランスに初めて参加したのは、1995年であった。
orまさに1995年に私はツール=ド=フランスに初めて参加した
I had succeeded in entering the world's toughest race for cyclists, but I was not yet good enough to win it.
私は自転車乗りにとって世界で最も手強いレースに参加することに成功したが、しかし、私はそれ[=ツール=ド=フランス]で優勝するには、まだ、充分には優れていなかった。
2.4
After the Tour, though, I had the feeling [that I was coming into the peak of my career].
しかしながら、ツール=ド=フランスの後(のち)に、自分は経歴の最高点に達しつつあるという感覚を抱いていた。
As one of the world's top riders, I had a mansion, a beautiful sports car, and a fortune in the bank.
世界のトップ=クラスの自転車乗りのひとりとして、私には豪邸と美しいスポーツ=カーと銀行の財産があった。
I thought [that everything would always go well].
なにもかもがいつでもうまくいくと私は思った。
2.5
Then suddenly came the worst obstacle in my life.
その後、突如として、私の人生で最悪の障害が訪れた。
The true meaning of the word "fear" became clear to me (when I heard the words, "You have cancer.")
「君は癌(がん)に罹(かか)っている」ということばを耳にしたとき、「恐怖」ということばの本当の意味が私にとって明白になった。
(Compared to this fear,) the fears {which I had had | before} meant nothing.
この恐怖と較(くら)べれば、以前に私が抱いた恐怖は、なにものをも意味することはなかった。
"You have cancer in the lungs and brain," said the doctor.
「肺と脳に癌がある」と医師が言った。
My chance of survival was 40 percent.
生存の可能性は40パーセントであった。
I was only 25 and I wanted to live.
私はたったの25歳で、生きたいと思った。
2.6
I went through three operations, and a long painful series of chemical treatments followed.
私は3回の手術を経験し、一連の長く痛みのともなう薬物治療が続いた。
I was in constant pain and kept vomiting.
私は絶え間ない苦痛の中にいて[→絶え間なく苦痛を感じ]、嘔吐(おうと)し続けた。
I thought [that the treatment was as bad as, or worse than, the disease itself].
治療は、病(やまい)そのものと同じくらい、あるいは、病そのものよりもひどいと私は思った。
It lasted four full months.
それ[=治療]はまるまる4か月続いた。
3.1
Miraculously, I became a cancer survivor.
奇跡的にも、私は癌を克服した人間になった。→奇跡的にも、私は癌で死なずにすんだ。
The question was [whether I should get back to my career].
問題は、自分の職業に戻るべきかどうか(ということ)であった。
Due to the long, hard chemical treatments, I had lost all my muscles and felt too weak to do anything.
長く厳(きび)しい薬物治療のせいで、私は筋肉をすべてなくしており、弱りすぎていてなにもできないと感じていた。
I thought [that Sriding was no longer for me].
自転車に乗ることは、自分にとって、もはやありえないと私は思った。
I heard [that people say, "Armstrong is finished. He'll never race again."]
「アームスとログは終わった。彼は決して再びレースをすることはないだろう」と人々が言うのを私は耳にした。
I thought of giving up my career as a professional cyclist.
プロの自転車乗りとしての自分の職業を諦(あきら)めることを私は考えた。
3.2
I spent most of my time playing golf and watching TV, but it wasn't fun.
私は自分の時間のほとんどをゴルフをしたり、テレビを観たりするのに費(つい)やしたが、しかし、楽しくなかった。
I felt neither happy nor free.
私はしあわせであるとも自由であるとも感じなかった。
Just then, my coach came to see me.
ちょうどそのとき、コーチが私に会いに来た。
In the garage he looked at my bike and knew [that I had not been riding it].
車庫で、彼は私の自転車を見て、私がそれに乗っていないということを知っていた[→がわかっていた]。
3.3
"You're alive again, and now you need to get back to living," he said.
「君は再び生きているんだし、今こそ、(これまでの)生活に戻る必要が君にはあるんだ」と彼は言った。
Then he suggested setting up a training camp in Boone in the Appalachians.
それから、アパラチア山脈にあるブーン(という町)でトレーニング=キャンプを開始することを彼は提案した。
I was not quite ready.
私はすっかり準備ができているというわけではなかった。
But it was the place {where I had won two races before}.
しかし、そこ[=ブーン]は、以前に私が2つのレースで優勝した場所であった。
It was not a bad place to start again.
そこ[=ブーン]は再び始めるのには悪い場所ではなかった。
(Taking some time,) I made up my mind to get back on my bike.
いくらか時間がかかってから、私は自転車に戻ることを決心した。
3.4
I pedaled my hours day after day.
私は来る日も来る日も決めた時間にペダルを踏んだ[→自転車に乗った]。
One day, (when I was riding uphill in the rain,) washed-out yellow and white lettering on the road caught my eye.
ある日、雨の中を上り坂を自転車に乗っていたときに、道路上にある色褪せた黄色と白の文字が私の目を捉えた。
It read Viva Lance, {which had been written by a spectator {who had seen me in a previous race}}.
そこには「ランス万歳」と書いてあったが、それは前回のレースで私を目にした観客によって書かれたものであった。
(As I continued upward,) I saw more fading letters under my wheel: Go Armstrong.
登り続けていくと、車輪の下にさらに多くの色褪せた文字があるのを目にした:「進め[→がんばれ]、アームストロング」
There I began to see [what my life was destined to be |].
その場で、自分の人生がどうなるように運命づけられているのかを私は理解し始めた。
It was simply this: my life was meant for a long, hard climb.
それは単にこういうものであった:自分の人生は長く厳しい登攀(とはん)を意味していたのだ。
I realized [what I had to do |]: to win the Tour.
私は自分がしなければならないことを悟(さと)った:ツール=ド=フランスで優勝することであった。
4.1
I had sacrificed everything and devoted myself to hard training (until I took on the challenge of the Tour again in 1999).
1999年に再び、ツール=ド=フランスに挑戦するまで、私はなにもかもを犠牲にし、厳しい訓練にわが身を捧げていた。
Very few people expected me to win.
ほとんどだれも、私が優勝するとは期待していなかった。
In the first half of the race, I saved my energy and stayed back.
レースの前半で、私はエネルギーを節約し、後ろに下がっていた。
In the middle part of the Tour, I took the lead and held on to it.
ツール=ド=フランスの中盤で、私は先頭に立ち、それ[=先頭]を維持した。
4.2
My bike swayed under me (as I pedaled along) and I was breathing hard.
自転車を漕いでいるときに、私の下で私の自転車は左右に動き、私は激しく呼吸していた。
I kept on riding day in and day out, with my energy balanced over the three-week race.
明けても暮れても私は自転車に乗り続け、3週間のレースの間[→3週間に亙るレースの間]、自分のエネルギーを平衡(へいこう)が取れた状態にしていた。
I was exhausted, but I kept going on.
疲れ果てていたが、しかし、私は進み続けた。
(Going into the final six kilometers,) I pedaled on and on with all {that I had |}.
最後の6キロメートルに入ると、私の持つすべてを使ってペダルを踏み続けた。
(When I crossed the finish line,) the clock showed [that I was nine seconds ahead of my closest competitor].
ゴールを越えたとき、私はいちばん競っていた競争相手の9秒先だということを時計は示していた。
I won the Tour.
私はツール=ド=フランスで優勝したのだ。
*
4.3
I once read a newspaper article saying, "Lance flew up the hills and mountains of France."
私はかつて、新聞記事にこう書いてあるのを読んだことがある、「ランス(槍(やり))はフランスの丘と山とを飛んで上がった」と。
But you never fly up a hill.
しかし、丘を飛んで上がることは決してできない。
You struggle slowly painfully up a hill, and maybe, (if you work really hard,) you get to the top.
ゆっくりと苦しんで丘を上へと苦労しながら進み、そして、たぶん、本当に懸命に取り組めば、頂上に到着する。
Life is full of obstacles.
人生は障害物でいっぱいである。
And it is up to you to turn them into opportunities.
そして、それら[=障害物]を絶好の機会に変えるのはあなた次第である。
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