Amandine ou les deux jardins par Michel Tournier
アマンディーヌ あるいは2つの庭 作:ミシェル=トゥルニエ
日曜日
私は青い目をしていて、真っ赤な唇をしています。薔薇色のほっぺはふっくらとしていて、金色の髪は波打っています。私はアマンディーヌといいます。大きな鏡に映った自分を眺めると、まるで10歳のかわいい女の子のようです。でも、びっくりすることではありません。私は本当にかわいい女の子で、おまけに10歳なんですよ。私にはパパとママとアマンダというお人形と、それに猫がいます。その猫は女の子だと思います。でも、男の子にも女の子にもクロードという人がいるので、その猫が女の子だという自信がありません。2週間くらい、クロードはとても大きなおなかをしていましたが、ある朝、籠の中に、クロードと一緒に4匹の仔猫がいました。仔猫たちは二十日鼠くらいの大きさで、小さな手足をゆっくりと動かしながら、おっぱいを吸っていました。仔猫たちがしまい込まれていたおなかは、まったいらになっています。やっぱり、クロードは女の子です。
仔猫たちは、それぞれ、ベルナール、フィリップ、エルネスト、カミシャといいます。はじめの3匹は、男の子の名前がついているので、男の子だということがわかっています。でも、カミシャは男の子の名前でも、女の子の名前でもないので、男の子なのか、女の子なのか、わかりません。
「5匹も猫は飼えません」とママが言いました。どうしてかしら。よく考えてみましたが、わかりません。学校のお友だちに、仔猫がほしいかどうかたずねてみました。
水曜日
アニィとシルヴィとリディがやって来ました。クロードは女の子たちにじゃれつきました。仔猫たちはもう目が見え、よたよたとなんとか歩けるようになってい ます。女の子たちは仔猫をそれぞれ手に取りました。女の子の猫だと困るので、女の子たちはカミシャを残していきました。アニィはベルナールを、シルヴィはフィリップを、リディはエルネストを飼うことにしました。私はカミシャを飼います。ほかの仔猫がもらわれて、カミシャだけが残ったので、カミシャが大好き になりました。
カミシャは狐みたいな色をしています。左目の上に白い部分があって、まるでなにかをぶつけたようです……でも、何をぶつけたんでしょう? 殴られたりした んじゃないと思います。キス、そうよ、パン屋さんのキスよ。きっとパン屋さんの白い粉が左目の上についたんだわ。とにかく、片方の目のところに白いあざの ようなものがついています。
水曜日
ママの庭とパパの庭が大好きです。 家の中は夏でも冬でもいつでもすごく綺麗です。庭の芝生は1年中緑色で手入れがゆきとどいています。まるで家にいるママと庭にいるパパは、清潔さを競争しているみたいです。家の中では、床を汚さないようにフェルトのスリッパを履いて歩かなくてはなりません。庭では、煙草 を吸いながら散歩する人が、芝生の上に吸い殻を捨てたりしないように、パパは灰皿を並べました。パパとママはよいことをしていると思います。そんなふうに していれば、床も芝生も汚れません。でも、ときには、うんざりすることもあります。
日曜日
カミシャは生まれたときよりも大きくなりました。おかあさんのクロードとじゃれながら、いろんなことをおぼえます。そんなカミシャを見ると私はうれしくなります。
今朝、猫を飼っている籠を見に行きました。からっぽです。だれもいません。クロードが散歩に出かけたときは、カミシャたちはとてもさみしがったものでし た。今日、クロードはカミシャを連れていきました。いいえ、クロードがカミシャを運んだにちがいありません。カミシャはクロードについていけないからです。カミシャはまだよたよたとしか歩けないのです。クロードはどこに行ったのかしら。
水曜日
日曜日からいなくなっていたクロードが突然、帰ってきました。庭で苺を食べていたら、不意に足のところに動物の毛が触れたんです。見るまでもありません。 クロードです。クロードが帰ってきたんです。カミシャも戻ってきているかもしれないと思って、籠のところに行ってみました。やっぱり、からっぽです。ク ロードが近づいてきました。クロードは籠の中を眺め、金色の目を閉じながら、私のほうに顔を上げました。「カミシャはどこなの?」とクロードにたずねてみ ました。クロードは答えないで、そっぽを向いてしまいました。
日曜日
クロードの生活はすっかり変わってしまいました。いつでも、私たちと一緒だったのに、今では、よく出かけるようになりました。クロードはどこに出かけるの かしら? 私はクロードをつけようとしました。でも、だめでした。見張っていると、クロードはじっとしています。クロードはこう言いたそうです。「どうし てあたしを見るんだい? あたしが家にいることはよくわかっているだろうに」
でも、ほんのちょっと目を離せばおしまいです。クロードはいなくなっています。そんなときは、捜しまわるしかありません。そのくせ、つぎの日には、暖炉の そばに戻っていたりします。クロードは、なにも悪いことはしていないというようすで、私を見つめます。クロードは幻のようです。
水曜日
なにか変なことを見たばかりです。私はちっともおなかがすいていません。それにだれも見ていなかったので、お肉をひと切れテーブルからクロードに落としてあげました。お肉やお菓子を投げると、犬は空中ですばやく捕らえ、すぐにかぶりつきます。猫はそんなことはしません。うたぐりぶかいんです。お肉を投げて もらっても、空中で捕らえたりせず、落ちるままにします。それからよく調べるんです。クロードもよく調べました。でも、このときは食べたりしないで、お肉 をくわえていきました。お肉をくわえたクロードをパパとママが見たら、お肉をあげた私が叱られてしまうのに、そんなことにはおかまいなしに、クロードは お肉を庭に持っていきました。
クロードは繁みの中に消えました。たぶん、人目を避けるためでしょう。私はクロードを見張っていました。突然、クロードは塀に向かって跳びかかり、地面を 走るみたいに、塀を駆け上がりました。でも、塀はまっすぐに立っていました。クロードは、お肉をずっとくわえたまま、自分の跳びあがれる高さの3倍のとこ ろにいました。だれも自分のあとをつけていないことを確かめるかのように、クロードは私たちのほうを見ました。そして、塀の向こうへ行ってしまいました。
4匹の仔猫のうち、3匹もとられて、クロードは怒っているんです。だから、クロードはカミシャを安全なところに隠しておきたいのです。クロードは塀の向こ うでカミシャを隠していて、塀のこちらにいないときはいつもカミシャと一緒にいるのです。きっとそうにちがいありません。
日曜日
思っていたとおりでした。3か月くらい、いなくなっていたカミシャに会ったばかりです。とても変わっていました。今朝、いつもよりも早く起きました。庭の 散歩道をゆっくり歩いているクロードが窓から見えました。クロードは死んだ野鼠をくわえていました。でも、不思議なことに、おかあさん鳥が雛に取り巻かれ て歩くときみたいに、クロードがのどを鳴らしたんです。そんなときには雛がすぐ現れるものです。雛が現れました。4本足の太った赤毛の雛です。目の縁が白 いので、すぐにカミシャだとわかりました。とてもたくましくなっていました。野鼠を前足で何度かさわりながら、クロードのまわりをカミシャ動きまわりまし た。すると、クロードはカミシャが野鼠をつかまえられないように自分の頭を高く持ち上げました。それから、野鼠を落としました。カミシャはすばやく野鼠を 捕らえましたが、すぐには食べたりはしないで、野鼠をくわえて、繁みの中に隠れてしまいました。カミシャが野生化しているのではないかと心配になりまし た。カミシャは塀の向こうで、おかあさん猫以外のだれとも会わないで育てられたんです。
水曜日
このごろでは、毎日、だれよりも早く起きます。早起きは簡単です。とても天気がいいわ。早起きをして、1時間くらいは家の中で好きなことをするのです。パパとママが眠っているあいだ、世界の中で自分がひとりぼっちであるような気がしてきます。
すると、すこし怖くなります。でも、同時に、とてもうれしくなります。なんだか、変ですね。パパとママのお部屋でなにかが動く音が聞こえるとさみしくなり ます。おたのしみはおしまいです。それから、庭の中にあるたくさんの珍しいものを見ます。パパの庭はたいへん手入れがゆきとどいていて、なにも起こったり するわけがないと思うくらいです。
でも、パパが眠っているあいだに、庭ではいろんなことが起こります。夜が明ける直前に庭では大騒ぎが起こります。夜の動物が眠り、昼の動物が起きる時間だ からです。ほんのすこしだけ、夜の動物と昼の動物がみんな庭にいるときがあるのです。動物たちはぶつかり、ときには殴り合ったりします。夜と昼が一緒だか らです。
光が苦手なふくろうは夜が明けないうちに自分の巣に帰ろうと急ぎます。すると、リラの花のあいだから出てきたつぐみにふくろうが軽くぶつかってしまいまし た。ヒースがたくさん生えているところに、身体を丸めた針鼠がいます。ちょうどそのとき、古いこならの木の穴から天気を知ろうとして、りすが顔をのぞかせ ました。
日曜日
まちがいありません。カミシャはすっかり野生化してしまっています。今朝、芝生の上にクロードとカミシャがいるのを見かけたとき、私は家から出て、クロー ドとカミシャのほうに行きました。クロードはのどを鳴らして、私の足もとに身体をすりよせてきました。ところが、カミシャはあわててすぐりの林の中に隠れ ました。やっぱり変です。クロードが私を恐れていないということをカミシャは知っているはずです。なのに、どうしてカミシャは逃げるのでしょうか? それ に、どうしてクロードはカミシャを引き止めようとしないのでしょうか? 私がお友だちだということを、クロードはカミシャに説明したっていいのに。いい え。私が来たとたんにクロードはカミシャのことを忘れてしまったようです。塀の向こうでの生活と、パパの庭やママの家で私たちと過ごす生活と、まったくち がう2つの生活をクロードは送っています。
水曜日
カミシャになついてほしかったので、並木道のまん中にミルクを入れたお皿を置きました。家の中に戻って、どんなことになるのか、窓から見ていました。
まず、クロードがやって来ました。クロードはお行儀よく前足をそろえて、お皿の前にすわり、ペチャペチャと音を立てて飲みました。しばらくして、カミシャ の白いあざのついた目が、草むらの間から現れるのが見えました。カミシャはおかあさん猫を眺めていましたが、おかあさん猫が何を考えているのかを考えてい るようでした。そして、カミシャは腹ばいになって進み、ゆっくりとゆっくりとクロードに近づきます。急いで、カミシャ! でないとお皿はからっぽになって しまいますよ。とうとう、カミシャはたどりつきました。でも、ミルクはすこし残っているだけです。カミシャはお皿のまわりを腹ばいのまま、ぐるぐるとま わっています。なんて、なつきにくい猫なんでしょう。本当に野生の猫です。カミシャはきりんみたいに首を長く伸ばしています。首を伸ばしているのは、でき るかぎりお皿から離れていたいからです。カミシャは首を伸ばし、顔をお皿に近づけると、突然、くしゃみをしたんです。くしゃみをするなんてことをカミシャ は思ってもみなかったようです。きっと、お皿を使ったことがなかったからでしょう。カミシャはあちこちにミルクのしずくをはねかけました。カミシャはあと じさりして、うんざりしたようすで、舌なめずりをしました。ミルクをはねかけられたクロードは、カミシャの失敗をあざ笑っているようです。クロードはてき ぱきと規則正しく、音を立てながら、ミルクを飲んでいます。機械みたいです。
カミシャは身体をふきおわりました。ミルクのしずくをなめているうちにカミシャはなにかを思い出したにちがいありません。すこし前のことを思い出したよう です。カミシャは、はいつくばっています。腹ばいになって進み始めました。でも、今度はお皿にではなく、クロードに向かっています。カミシャは頭をクロー ドをおなかの下にすべりこませました。カミシャはおっぱいを飲みます。
ほらほら、太ったおかあさん猫がお皿のミルクをペチャペチャと飲んでいて、仔猫はおかあさん猫のおっぱいを飲みます。きっと同じミルクです。お皿のミルク はおかあさん猫の口に入り、おかあさん猫のおっぱいから出てきて、仔猫の口に入ります。ちがいは、温められるということです。仔猫は冷たいミルクが好きで はないのです。仔猫はミルクを温めるためにおかあさん猫を利用しているのです。
お皿はからっぽになっています。クロードがていねいになめたので、太陽の光が当たるとお皿はきらきらと光ります。
クロードは頭をおなかのほうに向けました。カミシャがおっぱいを吸っているのが見えます。「あらあら、そこで何をしているの、カミシャ」とクロードは言っ ているようです。すると、クロードは前足を伸ばしました。まあ、クロードって、やさしいのね。クロードは爪を全部ひっこめたんです。でも、夢中でおっぱい を吸っているカミシャの頭をポカンとたたきました。するとカミシャは自分が大きくなっているということを思い出したようです。ほかの仔猫はカミシャと同じ くらいに大きくなってもおっぱいを吸うのでしょうか?
日曜日
塀の向こうを探検することにしました。カミシャの機嫌をとりたいからです。それに好奇心もあります。塀の向こうはきっとなにか別のものが、もうひとつの庭 が、もうひとつの家が、たぶん、カミシャの庭とカミシャの家があると思います。カミシャの住んでいる素敵なところを知ったなら、カミシャともっと仲よしに なれると思います。
水曜日
今日の午後、隣の敷地の外側をぐるりとひとまわりしました。それほど広くはありません。10分もあれば、ひとまわりできます。当たり前のことです。パパの 庭と同じ広さだからです。でも、変なことがあります。門も何もないんです。どこにも出入り口がないんです。もしかすると出入り口はふさがれているのかもしれません。塀の向こうへ行くには、カミシャのように塀を跳び越えるしかありません。でも、私は猫ではありません。じゃあ、どうすればいいのでしょう?
日曜日
パパの梯子を使うことをまず、考えてみましたが、梯子を塀のところまで運べるかどうかわかりません。それに、そんなことをすればみんなが梯子に気づいて、 すぐに私は見つけられてしまうでしょう。どうしてなのかわかりませんが、とにかく、私の計画に気づいたら、パパとママは計画が成功しないように、どんなこ とでもするだろうと思います。私の書いていることはお行儀の悪い、恥ずかしいことです。でも、どうすればいいのでしょうか? カミシャの庭に行くことは大 切で素晴らしいことだと思います。でも、私は、だれにも、とりわけパパとママにはこのことを話してはいけません。私は不幸な女の子です。でも、わくわくし ています。
水曜日
庭のすみには、古くてねじれた梨の木があります。太い枝が塀のほうにのびています。その枝の先のところまでうまく歩いていけたら、塀の上のところに足をかけることができると思います。
日曜日
やったぁ! 「梨の木」作戦は成功よ。でも、ちょっと怖かったわ。両足を広げて、片方の足を枝の上に、もう一方の足を塀の上に載せていました。木の枝を離さないで、ずっと握っていました。もうすこしで声をあげるところでした。そして、私は跳びました。塀の向こうに落ちそうになりましたが、バランスを取り戻しました。私はカミシャの庭を眺めることができました。
草や木がごちゃごちゃと生えていました。まさに雑木林です。茨や、傾いて生えている木々、野苺や高くのびた羊歯、それにたくさんの知らない植物が生えていました。とても綺麗で、とても手入れのゆきとどいたパパの庭とは正反対です。ひきがえるや蛇がひしめいていて、だれも入ったことがないような森の中に入っていきたいという気にはなりませんでした。
それから、塀の上を歩きました。簡単なことではありませんでした。ときどき、葉の繁った枝が塀の上におおいかぶさっていて、足の置き場がわからなかったし、石がはがれてカタカタと音を立てていたり、コケが生えて滑りやすくなっていたりします。すごいものを見つけました。梯子が塀に立てかけられていたんです。屋根裏部屋に上がるのに役に立ちそうな、手すりのついた急な階段みたいな梯子です。ずっと昔から私のために置いてあったような気がしました。苔が生えて緑色になっていて、虫に食われています。手すりはなめくじのせいでねばりついていました。それでも、おりていくにはとても都合がよかったし、それに、梯子がなかったら、どうしていたのかわかりません。
さあ、私はカミシャの庭にいるのよ。鼻のところまで届く背の高い草が生えています。森の中の古い小径を歩きました。その小径は消えかかっています。いくつもの珍しい大きな花が私の顔に触れます。胡椒と小麦粉のにおいがしましたが、でも、ひどくむせてしまいます。よいにおいなのか、いやなにおいなのか、決めることはできません。たぶん、同時に2つのにおいなのでしょう。
すこし怖かったのですが、好奇心がありました。この場所全体は、ずっとずっと昔からほったらかしにされているようです。かなしげで、今日のように太陽が沈むときの光景みたいに綺麗です……。曲がり角、緑の廊下、そして私は敷石がまん中にあるまるい空き地のようなところに到きました。カミシャが敷石の上にすわっていました。私が近づいてくるのをカミシャは静かに見つめています。パパの庭にいるときよりもカミシャは不思議と大きく、たくましく見えます。大きく、たくましく見えてもカミシャです。私にはわかります。目の縁のところに白いあざをつけている猫はほかにいませんからね。カミシャはものしずかで、立派に見えます。あわてて逃げ出したりしません。なでてもらおうと私のところにやってくるわけでもありません。カミシャは立ち上がり、空き地の向こうへ静かに歩いてゆきます。教会のろうそくのようにしっぽをぴんとまっすぐに立てています。繁みに隠れる前にカミシャは立ち止まって、ふりかえり、私がそこにいるかどうかを確かめました。ええ、カミシャ、来ましたよ、私は来たんですよ。カミシャは長い間、満足そうに両目を閉じていました。そして、また、静かに歩きはじめました。私にはカミシャがカミシャに見えません。だって、もうひとつの庭にいるのですから。この庭では、カミシャは王子様のようです。
草が繁っていて、ところどころ、小径は消えていました。そんな小径に沿って、何度も曲がったりして、私たちは進んでいきました。そうして、私たちはたどりついたようです。カミシャはふたたび立ち止まり、私のほうをふりかえって、金色の目をゆっくりと閉じました。
私たちは雑木林のはずれにいます。目の前には、まるい柱のあずま屋があります。まるくて広い芝生のまん中に、あずま屋のまるい柱はまっすぐに立っています。大理石のベンチがあずま屋のまわりにとりかこんでいます。大理石は苔が生え、ひびが入っています。あずま屋のまるい屋根の下では台の上に石像が立っています。石像はまるはだかのかわいい男の子で、背中に羽根が生えています。男の子はかなしげなほほえみを浮かべながら、巻き毛の頭を傾けています。えくぼのある顔で、指先を自分の唇のところにあてています。弓と矢が台にぶらさがっています。
カミシャはまるい屋根の下にすわっています。私のほうに向かって顔を上げました。石像の男の子のようにカミシャは神秘的なほほえみを浮かべています。カミシャと石像の男の子は同じ秘密をもっているのかもしれません。その秘密は、ほんのすこしかなしいけれど、とても素敵な秘密です。それに、カミシャと石像の男の子はその秘密を私に教えたがっているようです。ここでは、なにもかもがかなしそうです。崩れたあずま屋も、ひびの入ったベンチも、この風変わりな芝生も、たくさんの野の花も、なにもかもがものかなしいようです。でも、私は大きな喜びを感じています。泣き出してしまいたかったけれども、しあわせでした。手入れのゆきとどいたパパの庭にも、床がよく磨かれているママの家にも戻れないような気がしてきました。
突然、神秘的な男の子やカミシャやあずま屋に背を向け、私は塀のほうへ逃げ出しました。気が狂ったように走りました。たくさんの枝や花が、ピシッ、ピシッと当たりました。そして、塀にたどりつきました。でも、梯子がどこにあるのかわかりません。あっ、あそこにあるわ。できるだけ速く塀の上を歩きました。古い梨の木があります。私は跳び移りました。私は自分が育った庭にいます。
2階にある自分の部屋に上がっていきました。ずいぶんと大きな声で泣きました。どうしてなのかわからないけれども泣いていました。いつのまにか、すこし眠ってしまいました。目がさめてから鏡を見ました。服は汚れていません。無事だったのです。あら、いいえ、血がすこしついているわ。ふともものところに血の痕がすこしついています。不思議です。どこにもかすり傷ひとつ見当たりません。どうしてかしら。困ったことです。私は鏡に近づいて、すぐ近くで自分の姿を眺めてみました。
私は青い目をしていて、まっ赤な唇をしています。ばら色のほっぺはふっくらとしていて、金色の髪は波打っています。
でも、10歳の女の子のようではありません。私はどんなふうに見えるのでしょうか。指先を自分のまっ赤な唇のところにあててみました。自分の巻き毛の頭を傾けてみました。神秘的なほほえみを浮かべてみました。石像の男の子にそっくりです……。
涙がほんのすこし浮かびました。
水曜日
私がカミシャの庭を訪れてから、カミシャはたいへんなつくようになりました。カミシャはおなかを見せて、だらしなく寝そべって、何時間も過ごします。
カミシャのおなかはとてもまるいと思います。日に日にまるくなってゆきます。
きっと女の子です。女の子らしい名前がいいかもしれません。
カミシャット……。
〔おしまい〕
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